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移住者体験談

30代で移住。こんなに素敵な暮らしなら、もっと早く来れば良かった。

東京都 茅野市 子育て仕事・起業

久村 周一さん

移住先 茅野市
移住年月 2016年3月
年代 30代
家族構成 夫婦と子供2人
職業 設計事務所勤務
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30代の久村さんが移住を考えるようになったきっかけを教えてください。

 東日本大震災で価値観が大きく変わったことが最初のきっかけでした。東京は経済が発展していて便利ですが、インフラや物流が止まると全く身動きが取れなくなることをあのとき痛感しました。そして子育ての環境も含めもっと自然に寄り添った暮らしがしたいと思い始めました。――震災後すぐ行動に?―いえ、街が平静を取り戻すと慣れた日常にあぐらをかいてしまって。移住への夢だけが頭に残ったままズルズルと時間が過ぎていきました。でも2013年に2人目の子どもが誕生したことで再び東京での生活や子育てへの疑問が頭をもたげました。そんな中、本気で移住しようと思った直接の引き金は、その年の8月に旅行した安曇野での経験でした。泊まったペンションの料理の食材が、すべてスタッフの方々が目の前の畑で育てた野菜で。新鮮で美味しくて本当に感激しました。空気も澄んでいて水も冷たくて本当に美味しくて。そこで移住を決意しました。これが旅先だけでの恩恵ではなく、自分たちの日々の暮らしがこうでありたいと。そこから本格的に移住に向けて活動し、2016年3月に茅野市へ移住しました。

本気になって2年7か月で茅野市への移住を実現されたわけですね。しかし、数あるまちの中からなぜ茅野市を移住先に選んだのですか?の画像

本気になって2年7か月で茅野市への移住を実現されたわけですね。しかし、数あるまちの中からなぜ茅野市を移住先に選んだのですか?

 移住先を決めるにあたっては、北は北海道から南は九州まで様々な場所に足を運び検討したのですが、その中で、母の実家があり子供のころから何度も来ていて馴染みがあったのが長野県でした。山々に囲まれた雰囲気が懐かしく感じられましたし、夏でもエアコンのいらない気候も魅力でした。また移住者が比較的多いと聞いていたので何となく安心感があったのも確かです。もちろん安曇野のペンションでの経験があったので、長野県の印象は自分の中でとてもいいものでした。――長野県の中でも茅野市を選んだのは?―八ヶ岳の裾野の雰囲気がとても良かったですし、両親やたくさんの友人もいる東京へのアクセスのしやすさも魅力でした。電車でもクルマでも2時間半かからずに行けてしまいます。茅野駅には特急も止まり便利です。そして自分はずっと東京だったので、正直あまり人里離れすぎるのは不安もありまして。ほどほどの田舎がいいかなと(笑)。田舎すぎず便利な土地であることもポイントでした。

やはり、茅野市の移住セミナーなどには参加されたのですか?の画像

やはり、茅野市の移住セミナーなどには参加されたのですか?

 東京で行われた長野県や茅野市を含めた県内自治体の移住セミナーにはかなり前から何度も参加していましたが、茅野市の現地見学会は2015年7月に初めて参加しました。そのときは企業訪問ツアーでした。――どうでした?茅野市の印象は―そうですね。そのとき初めて茅野市に来たのですが、整備された駅前と、駅から離れると自然豊かなまちのバランスが気に入って。ここならイメージ通りの暮らしができそうと、移住への現実感を抱きました。――なるほど。やはり実際に行くことでわかる感覚もあるのですね。―はい。私の場合は移住先の候補が15市町村くらいあったので、情報を集めてから現地に行き、地元の人になるべく会って話を聞くようにしました。アポなしで旅行先の市役所に行ったりもしましたね。でも最後は自分たちの感覚で決めました。

30代の方の移住は「仕事」が非常に大きなポイントかと思いますが、久村さんの場合はどのように現在の会社に転職されたのですか?の画像

30代の方の移住は「仕事」が非常に大きなポイントかと思いますが、久村さんの場合はどのように現在の会社に転職されたのですか?

 私の場合は2015年10月に東京の銀座NAGANOで開催されたU・Iターン転職個別面談会に参加しました。そこでは県から委託を受けた長野県専門の人材紹介会社が面談を担当していて、担当者がすぐにイチ押しの企業を紹介してくれ、結局その茅野市の企業に勤めることになりました。ハローワークや大手人材紹介のサービスも利用していましたが、そこではなかなか希望の職業が見つかりませんでした。でもこの人材紹介会社は長野県に特化しているので県内企業をよく知っていますし、求人企業を事前に訪問して社風を含め熟知しているのでマッチングスキルが高かったです。移住先で転職するのには、やはり地元の人材紹介会社が強いと思います。――働き盛りの世代の場合、まずは仕事が決まらないと移住も難しいですよね―そうですね。いくら田舎暮らしに憧れても、お金は稼がないと生活できません。移住してもやはり仕事が生活の大きな部分を占めるので、やりがいある仕事に就く事が移住生活を充実させるポイントのひとつだと思います。今勤めている会社は「元気なまち」が企業理念で、茅野のまちの地元活性化のために店舗の設計施工をメインにやっています。茅野に住んで茅野のまちを元気にする。職住ともに茅野に根ざしているので地元愛も強くなりますし、キャリアを活かせる重要なポジションを任され、大きな使命感とやりがいを持って仕事を楽しんでいます。余談ですが、東京では満員電車で1時間かけていた通勤時間が、こちらではマイカーで15分です。この差はけっこう大きいですよ。

最後にお聞きします。ズバリ、茅野市に移住してどうですか?の画像

最後にお聞きします。ズバリ、茅野市に移住してどうですか?

 かなりイメージ通りで本当に移住して良かったです。夏は涼しくて過ごしやすいですし、自然に囲まれていて空気は新鮮だし水が美味しいです。それから運よく一軒家を借りられたので家も庭も広々していて快適です。さらに運がよくて、大家さんのご両親が農家さんで隣に住んでいまして、家の裏の畑を自由に使わせてくれています。これは特に子育てにはいい環境ですね。家の周りを自由に走り回って豊かな自然を満喫しています。あと、こちらでは食材が安く手に入りますし、ショッピングの誘惑がないので無駄な買い物も減りました。先ほどの通勤が楽になったのも大きなメリットですね。それから区に入って地元の行事にも積極的に参加しているので、少しずつ横の繋がりも広がっています。移住した年が御柱年(7年毎の御柱祭が開催される年。次回は2022年)だったので、集まる機会が多かったのも良かったみたいです。――久村さんが思う田舎暮らしで必要なこととは何でしょうか?-まずはもちろん生活の糧となる仕事や収入。そしてクルマ。それから地元の方の先祖代々の土地にお邪魔するので「お世話になります」という謙虚な気持ちがとても大切です。そして大事なのは一緒に移住する家族の同意だと思います。――なるほど。そういった気持ちがあれば受け入れ側も安心できますよね。それでは最後にまとめをお願いします―はい。じっくり吟味した甲斐があり、良くしてくれる地域の皆さんのおかげもあって充実の日々を送っています。東京にいたときよりもずっと地に足がついていて、家族で「こんなに素敵な暮らしなら、もっと早く来れば良かったね」とよく話しています。――久村さん、本日はお忙しいところありがとうございました。お話をお聞きして、これからもこういった新たな「ご縁」が生まれればと思いました。

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