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Keynote Speach基調講演:しあわせな社会をどうデザインするか

「高齢化も長野県と東京とではまるで意味が違う」

飯綱町「はまっこ農園」の幸福論

都会に比べると長野県の暮らしはコミュニティに根ざしています。リタイアしても孤独にならない環境があります。そして、至近距離に一次産業、つまり農業がある。人間生活のベーシックなところで、食と農がいかに重要かを、この歳になると愕然と気がつきます。年齢と共に体力と気力は衰えるけれども、朝起きて草むしりでも何でも、自分が農業に参画して貢献しているという手ごたえを感じることに生きる喜びがあります。

都会ではこうはいきません。戦後の日本は、産業力で外貨を稼いで食料も海外から輸入するというある意味、効率的な国をつくってきました。その結果、食料自給率はカロリーベースで39%まで落ち込んでしまいましたが、一次産業を失った場所では老後にやることがない。コミュニティもないし、貢献することもできない。気を紛らわせるために、用もないのに出歩き夕方に帰宅するということになる。ですから、長野県と都会・郊外型の高齢化はまるで違うのです。都会・郊外型の高齢化が大きな問題なのです。

一つの事例として、飯綱町でのりんごづくりの話を紹介させていただきます。5年ほど前に、私のところに横浜の団地の人たちから、長野県でりんごをつくりたいという相談をいただきました。りんご農園を1つ引き受け「はまっこ農園」と名づけ、地元の人から技術指導を受けて、団地の人たちが10人、20人と毎月当番を決めて、本気で農業を始めたのです。去年は1500箱を作り、年々品質も向上しています。横浜の高齢者が長野県でついに生きがいを見つけたのです。この事例は、これからの日本の幸福論を示唆していると言えるでしょう。
もちろん、農業は決して甘い世界ではありませんが、農業生産法人のようなプラットフォームが増えてきている中で、企業で会計業務をしていた人が生産法人の会計を手伝うとか、商社に勤めていた人がマーケティングやマーチャンダイジングを手伝うことは、あながち絵空事ではないとおもいます。綱引きの綱を長くして分担できる範囲を増やすように、参画できる範囲で参画する。都会と田舎の交流を促すプラットフォームをどのようにつくるかによって、高齢化社会は変わります。「人生100年時代」を迎える今、仕事をリタイアしてからの20年、30年をどう充実させるかが問われているのです。

アジア貿易拡大と物流大変革

これからの長野県を考える上で、どうしても必要と思われるところに触れさせていただきます。交通網の整備は、これからの仕組みづくりに欠かせないものです。今、長野県には中間点としての可能性が大きく広がっています。通商国家と呼ばれている日本において、これまではアメリカが主な相手国でした。表4を見ていただけると分かるように、1990年では対米貿易の比率が27.4%と、約30年前は3割近くを占めていました。ところが、2011年には東日本大震災もあり、11.9%まで下落。その後、15%を超えるまでに回復しましたが、今は軸足を対中貿易に移行しています。

【表4】日本の貿易相手国のシェア推移(貿易総額)

1990年頃はわずか3.5%だった中国との比率が、2007年には対米貿易を上回り、今では22%ほどまで増加。大中華圏(中国、香港、シンガポール、台湾)では3割以上、アジア全体では5割を占めています。
そこで、日本海側と太平洋側の対流への注目が必要となります。日本の貿易構造がどんどんアジアにシフトしている状況において、日本列島の物流軸というのは大きく変わっているということを認識しなければなりません。
長野県にとって重要なのは名古屋港ですが、日本海側の港湾としては北陸と東海地方を結ぶ高速道路の持つ意味が急激に変わってきているということなのです。世界の港湾ランキング(表5)を見ると分かるように、日本の港を牽引してきた東京、横浜、神戸は既にトップ10から外れています。かつて神戸は世界2位だったことを考えると、56位というのは冗談を聞かされていようです。

【表5】2014年世界港湾ランキング(コンテナ取扱量:TEU)→太平洋側港湾の空洞化

代わって主役に躍り出ているのは、上海、シンガポール、深圳、香港、寧波、青島、広州などの大中華圏の港。これは貿易の拠点が太平洋から日本海に移っているということです。驚くことに2年前には、米中貿易が日米貿易の3倍以上となりました。単に上回っただけでなく3倍を超えているのです。そして、ここで重要なのは海洋ルートです。鹿児島と上海の緯度はほぼ同じですから、鹿児島の南の太平洋を船が動いているという感覚で捉えますけど、それは大間違いです。米中物流は日本海を抜けています。そのほうが2日早いからです。ついメルカトル図法の世界地図で考えがちですが、地球儀で捉えると一目瞭然のことなのです。

長野県がリードする新しい時代

今の時代、日本海側の港が重要な拠点です。そして、日本海側と太平洋側を戦略的につなぐという発想が非常に重要となります。ですから中間点である長野県は、今後のポテンシャルが高く、高速道路のインフラの充実がますますポイントになることでしょう。関東圏でいうと、新潟港の持つ意味が東京湾内の港よりも比重が重くなってきています。そこで注目したいのが首都圏三環状(圏央道・外環・中央環状)の整備です。
戦後、東京を起点にして放射線状に高速道路をつくってきましたが、常に首都高速に集中するため混雑が避けられない状態でした。しかし、2月26日には圏央道と(茨城県の)つくば中央インターチェンジがつながります。このことにより、首都高速に入らずに抜けられる回廊を手にすることができたのです。さらには、5年以内に三環状全てが整備される予定です。車での移動・交流がますます活性化される環境が整うと言えます。

基調講演イメージ

また、リニア中央新幹線の存在も見逃せません。計画では10年後、品川~名古屋間は約40分となります。加えて20年後に東京~大阪間が1時間で移動可能になれば、7000万人の人口ゾーンが1時間でつながるゾーンに変わるのです。
今、1時間45分かかる品川~名古屋間が仮に40分になれば、相当なインパクトです。中間点である南信州の飯田市が持つ可能性は大きく高まることでしょう。つまり、移動と交流を支える基盤インフラが10年の間に劇的に長野県を変えるのです。「はまっこ農園」のような生きがい交流を活性化させ、高齢者のライフスタイルに希望を与えることになります。
それは、生き方を選択するライフイノベーションを引き起こすこととなります。移住など生き方の選択が広がる時代を、長野県がリードする日がやってくることを示唆していると言えるでしょう。

もう時間が来てしまいましたが、長野県の人は非常に論理的な人が多く、講演会を長野県で開催すれば、多くの人が聞きにきてくれます。そういう意味では、日本の高齢化社会において長野県が持つ意義をぜひ、今日お集りの皆さんが受け止めていただき、ライフスタイルデザインというコンセプトをさらに発展させていただくことを期待して、私も一緒に並走していきたいと思います。
本日は、どうもありがとうございました。

(表1~5/出典『寺島実郎の時代認識と提言』資料集 2017年新年号より)